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東京家庭裁判所 昭和31年(家)1615号 審判

申立人 高田正治(仮名)

主文

申立人の氏を「松木」と変更することを許可する。

理由

申立人は昭和十六年四月松本由美の二女松本トキと婚姻し、同十八年十月申立人等夫婦は妻トキの実父母由美等と養子縁組を為し、爾来申立人は専ら会社経営等実業方面の仕事に従事してきたものであるが、申立人と養親由美との折合のよくなかつたことから、ひいて申立人等の夫婦仲にも影響を及ぼしその結果前に夫婦間に粉争が生じた際に作成せられ、養母由美の実兄斉藤某が預り保管中の申立人夫婦間の離婚届書を妻トキが申立人の意に反して所轄戸籍事務管掌者に提出したところから、申立人は妻トキを相手取り、東京家庭裁判所に対して離婚無効を争うと共に、若し離婚が已むなしとすれば財産関係の清算として夫婦間の財産の多くは妻名義にあるため、これが財産分与を求める旨申立をしたものである。

右のように当事者双方は家庭裁判所にこの粉争解決を試みながらも、裁判所外にて互に自己の正当性を主張する宣伝戦を始め、果ては申立人の作成領布した宣伝文書が度を超したため、松本トキは名誉を毀損せられたものとして検察庁に申立人を告訴し、この告訴事件を利用して、申立人との間の離婚並にこれに伴う財産分与について解決を図るのが得策である考え、検察官を動かし、家庭裁判所はかかる事件の解決には無力であるとして検察官の手元にて申立人等の離婚離縁並にこれに伴う粉争問題は処理せられ、その結果昭和三十年十二月三十日申立人と養母由美との協議離縁届が提出されたことにより(養父は死亡したため戸籍の取扱として生存養親との離縁により復氏する)申立人は復氏することになつたものである。しかしながら申立人としては妻トキとの叙上のような経緯による離婚は不本意であつたのみならず、離婚についての責任はすべて申立人のみに在るとはなし難いこと、並に申立人の経済的、社会的活動が婚姻中は固より、離婚後も取引主体の同一性を表示するためには、依然縁組中の氏を称し、又これを称しないときは種々の不便不都合を来たす点、更には立法的に離縁離婚による当然復氏、ひいては婚姻、縁組による夫婦、親子の同一氏の強制という現行制度について批判検討せられるべきものがあると解せられる点等を勘案すれば、申立人の本件改氏申立は、戸籍法第一〇七条の已むを得ない事情に該当するものと解する。

関係人松本トキは○○として社会的に知られているだけに申立人が離婚離縁後も依然縁組婚姻中の氏を称することは身分関係を混乱せしめる不当な結果となり、そのため芸能人として不利益を蒙ることがあるから本件申立に賛し難いというけれども、「松本」という氏は特に特徴のある氏ではなく氏としては多くの人々に付せられているものであるから、松本トキの言うような事情は世間に例の多い同一呼称氏名の者の間に生ずる問題であつて、これがために申立人の申立を拒否する事情とはなし難いから本件申立はこれを許可すべきものとして、主文の通り審判する。

(家事審判官 村崎満)

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